第4章では正常な個体と奇形について書きましたが、今回は魚の繁殖を行う上で必要不可欠な作業である「選別」と「淘汰」についてのお話です。出来れば飼育繁殖 思案の第4回とあわせてお読みください。
人工繁殖に必要不可欠な奇形の選別と淘汰
これは魚に限った事ではありませんが、原則として自然では弱い個体や形に異常のある個体は弱肉強食の掟の元に肉食性の生物に食べられてしまます。このような自然に淘汰が行われる為、生息する環境に適した強い個体のみが生き残る事になります。
熱帯魚に限らず、生物を人工的に繁殖をさせる場合はこのような自然の「淘汰」が行われない為、繁殖を行った人間が代わりに行わなくてはなりません。この事がエンゼルなどを人工的に繁殖を行う場合は避けては通れない「選別と淘汰」の作業です。
近親交配と選別について
選別と淘汰については第4回で奇形と改良品種について話しましたが、魚のように一度に沢山生まれるような生物は野生種においても形のおかしい「奇形」が少なからず、生まれてくるものです。1つの例としては、エンゼルの野生種を繁殖した場合は薬剤による「後天的」な異常は現れます、胸鰭が欠落していたりする個体の出現率はほぼ皆無と言って良いでしょう。しかし、「近親交配(インブリード)」を行うと、体質が弱い個体や形に異常のある個体の発生率が高くなり、人工繁殖された個体は野生種に比べると奇形の発生率は遥かに高くなっています。これは改良品種でなくとも、例えば東南アジアなどで大量に繁殖されている安価な魚の大半は近親交配による弊害を気にする事無く増やしている為、原種と同じ種類でも奇形率は高くなります。
エンゼルにおいても同様で野生のエンゼルでなければ、子供を殖やせばほぼ間違いなく形が歪んだ個体やヒレが無いような奇形は現れます。近親交配と奇形の関係はまた機会があれば別のお話として取り上げたいと思いますが、近親交配を行ったからすぐに奇形の発生が多くなると勘違いされている方も多い様子です。これは長年に渡りエンゼルを繁殖させ続けている経験から申し上げて、誤った認識であると断言できます。
これは原種から子供を繁殖させた場合は少なくとも5世代(F5)ぐらいまでは奇形が大量に発生するような事は無いはずです。どちらかと言えば近親交配によって奇形の選別が困難になり、良質な個体の選別が出来なくなった結果として、奇形が現れやすくなると言った方が正しい事も多いのです。
エンゼルを繁殖させた際によく見られる奇形としては腹鰭(下に伸びるアンテナ状の2本の鰭)の欠落や湾曲する物です。それ以外にも眼や鰭の一部の欠落湾曲や鰓蓋の欠落、体の歪みなど様々な例があります。子供のうちはなかなか判断できないようなケースもありますが、鰭の欠落などの親とは違う体型をしている場合は正常な個体を残して選別し可哀想ではありますが処分(淘汰)しなくてはなりません。
将来は品種として成立する奇形も?
私のようにブリーダーとして大量のエンゼルを繁殖させていると色々なタイプの奇形を見てきました。面白いものでは胸鰭が3本ある個体や金魚の流金のような尾鰭が三尾になっているようなパターンも確認しています。三尾のエンゼルは私としてはエンゼルの体型に合わないと思い、小さなうちに処分をしてしまいましたが、このようなエンゼルは改良品種として作っても面白いかもしれません。
奇形の遺伝子については生命の力とはすごい物でどうしても繁殖に使える個体が奇形の個体しかいない場合はそのような個体を使用しても、その子供から奇形の個体を取り除いて正常な個体を何代も累代繁殖を行ったり、良い遺伝子の個体と交配する事により遺伝子の修復も可能となります。
ただ、そのためには一相厳しい子供の選別と淘汰が必要ですし、一般的な方では水槽の数が少なくそのような事が出来ないでしょうから、ただ自分で飼うのでしたら問題はありませんが、出来る限りは繁殖に利用しないのが賢明と言えるでしょう。
生まれた子供の選別はブリーダーの責任
このように正常な個体を残し悪い個体を分ける事を「選別」、そして悪い個体を処分する事を「淘汰」と呼びます。 私のようにブリーダーとして日常に魚を増やしていても、初めてエンゼルフィッシュなどの魚を自分で増やした時の感動は今でも覚えています。その時の子供に胸鰭が一本無くなっていたりしても、処分するような事は可哀想で出来なかった経験があるのが事実です。
今でも親魚が足りなくなりそうな時は最悪の事態を防ぐ為に予備軍として育てる事はありますが、奇形の個体を親魚に使う事は上記で述べたように奇形率が上がってしまうと淘汰の手間が必要以上に多くなってしまいますからまずありえません。
胸鰭の欠落と言った奇形であっても自分で愛情を持って飼育する事自体は何も問題はありませんが、その子供は繁殖には利用するべきではありません。特にお店に引き取ってもらう事が前提として繁殖を行う場合、このような奇形の個体は厳しく選別しなくてはなりません。せっかく殖やしたエンゼルを処分する作業は苦しいものですが、繁殖を行う際にはほぼ確実に避けては通れない事ですから、その事は覚悟して頂きたいと思います。
プロの語る 飼育繁殖 思案 コンテンツ一覧
第1章 レッドトップエンゼルと色揚げ処理
第2章 エンゼルの繁殖と商品としてのエンゼル
第3章 エンゼルの病気に魚病薬が効かなくなる? 薬の利用と耐性菌の存在
第4章 観賞用として作り出された様々な品種と奇形の関係
第5章 避けては通れない繁殖における選別と淘汰
第6章 最高プロポーションとは何か? 品質を求めた選別と淘汰
第7章 名前ばかりが先行する幻のブルーエンゼル
第8章 エンゼルにおける改良品種の基本パターン
第9章 組み合わせによって変化する品種の名前
第10章 純血種と雑種、改良に必要不可欠な純血種の存在
第11章 ハーフブラックエンゼルは特異な遺伝子
第12章 ラムナン硫酸が熱帯魚の脂肪肝を予防する
第13章 繁殖させた魚の処分方法
