第5章で掲載した「選別と淘汰」については繁殖において必要不可欠な作業です。今回のお話はかなり個人的な主観もありますが、昔の古き良きエンゼルを知る者として著者の理想を求めた最高のエンゼルを繁殖させる足掛かりとなる選別と淘汰についてです。出来ましたら、飼育繁殖思案の第5章とあわせてお読みください。
最高のプロポーションとは何か?
第5章では最低限の選別と淘汰について掲載しましたが、今回のテーマは最高峰のエンゼルを作る為の選別と淘汰についてです。まずはこのテーマに入る前に最高のプロポーションとはどんなものかについて考えなくてはなりません。
ブリーダーとして多くのエンゼルを殖やしていますが、私の中で最高のプロポーションというものは野生の原種、「ワイルドスカラレ」と呼ばれる全てのエンゼルの元となっている原種のスカラレ種になります。この原種は生息している地域に適した進化を遂げている為、地域変異として色々なタイプの野生のエンゼルが存在していますが、どれも幼魚の段階から広い水槽で飼い込むと素晴らしい体型のエンゼルに育ちます。(いわゆる野生種の魅力はこのような所にあると思います)そんな中でも「ペルーアルタム」と呼ばれる事もあるペルー産のスカラレ種のプロポーションが当店の理想であるエンゼルのプロポーションです。
その中でもヒレの長さも遺伝的な要素もありますが、原則的にはエサのバランスや飼育されていた環境次第で変化が激しいものです。ヒレについては環境の影響が大きいと言えますが、体型については遺伝によって左右される部分が多く、どんなに良い環境で飼育しても形の悪いエンゼルは良い形にはならない事が多いのが実情です。
具体的には輸入の並エンゼルの親魚と南米より送られてくる「ワイルドスカラレ」を比較してみれば、一目瞭然ですが模様は同じようでも体の形がまるで違うことを実感できると思います。文章で説明するのは難しいのですが、わかりやすく言えば一般的な並エンゼルは体型が丸っぽいのに対して、それに対して原種のエンゼルはアルタムエンゼルに近いひし形をしています。私自身は色々な地域変異を飼育したわけではないので、一概には言えないと思いますが少なくとも東南アジアから大量に輸入されるエンゼルに見られるような「でこっぱち」のエンゼルは居ないと言っても良いと思います。
では、どのようにしたら野生のエンゼルを理想としたプロポーションを作るかにと言う事になりますが、それには非常に多くの問題が山積しているのも事実です。この先はどのようにしたら良いプロポーションのエンゼルを作れるのかを検証したいと思います。
最高のプロポーションを作るには
まず最初に理解しなくては、ならないのは形が崩れてしまったエンゼルからは絶対に良いプロポーションのエンゼルは生まれないのです。簡単に言えば一般的に売られているエンゼルから子供をどんなに頑張って殖やしても野生の原種のようなプロポーションの個体は生まれて来ないという事です。
理想のプロポーションを求める場合はエンゼルがいわゆる「五体満足」であっても、生まれてきた子供が全く同じ形と言う事はありません。その中から良質な個体を選び出して累代繁殖を行う事が前提となります。これは長年に渡ってエンゼルの飼育と繁殖を行ってきましたが、未だに満足できるだけの血統を作り上げる事は難しいほどの事ですから非常に奥が深いと言えるでしょう。
日本におけるエンゼルフィッシュの飼育の歴史は非常に長く、少なくとも戦前から飼育・繁殖が行われており、20年、30年前のエンゼルは現在では写真も少なく確認する事も難しくなっています。主に国内のブリーダーによって繁殖が行われていた非常に良いプロポーションをしたエンゼルが多かったのですが、次第に現在のような東南アジア産の「質より量」を優先とした繁殖が多くなり体型も悪くなってしまったと言わざる負えません。
正直な所、改良品種を完璧に近いまで野生のエンゼルと同じような体型にする事は不可能だと思いますが、少なくとも輸入のエンゼルとは一線を引く高品質なエンゼルを求めて、当店独自の血統を作るために試行錯誤をしている訳です。そんなこだわりの「淘汰」と言う作業についてをいくつかご紹介したいと思います。
プロポーションを崩す大きな瘤、「でこっぱち」エンゼル
エンゼルの雄雌を見分ける際に特徴として挙げられてる事が多いのが「オスは額が盛り上りこぶのようになる…」のような解説があります。これは間違いではないのですが、正確には正しいとは言い切れません。第4章でも書きましたが、この特徴は主に東南アジアより輸入されるエンゼルに多く見られる特徴で野生の原種においてはこのような特徴はほとんど現れません。
近年になり、アジアを中心に人気を誇る大型シクラソマのハイブリッドであるフラワーホーンと呼ばれるシクリッドがありますが、これは頭のこぶが大きいほど良質であるとされている面もある様子で、アジアンブリーダーは総じてこぶが大きい方が好みなのかもしれません。
このようにこぶのある「でこっぱち」エンゼルは確かに雄雌の判別は容易ですが、とても私の理想とする原種のプロポーションからは程遠いエンゼルです。その為、当店で繁殖をさせる親魚には原則としてそのような個体は利用しないのが私の方針です。
このようなエンゼルが好きだという方も居るかもしれませんが、少なくとも私の望む理想とするプロポーションからは外れています。エンゼルとしては問題はなにも問題の無い個体ですが、理想のプロポーションを目指す私の立場では繁殖用の親魚としては淘汰の対象として判断しているものです。
ひし形の体型を崩す体型の歪み
上記の頭部がこぶのようになる現象はとにかく、長く系統維持してそのような個体が現れない血統を作っていく以外に方法はありません。ですが、体型については繁殖させる親魚の選別を間違えると、その子供からすでに体の歪みが酷くなる厄介な事です。
エンゼルを繁殖させた際にヒレの欠落と言った奇形以外にエンゼルの体型をじっくりと観察してみると、全ての個体が全く同じ体型をしている訳ではない事に気づけるようになります。中には所謂「バルーン」に近いようなやや体が縮んだ個体や骨格その物が歪んでしまっている個体など、少なからず存在しています。特に小さい時はほとんど気にならないような場合でも、ある程度成長しないとわからない場合も多いので注意が必要です。このような個体はこぶのあるエンゼル以上に注意をしなくてはなりません。
私はそのような個体を繁殖に利用する事はテストとして数回行った程度なのでその後、孫以降の子孫に与える影響などは不明です。十数年前の発行された某雑誌で国産の品種として紹介されていた個体の多くがかなり体型が歪んでおり品種改良を優先するばかりに体型を気にせずに繁殖を行っていたのだと思いました。このような行動はエンゼルの品位を下げる要因になりますから、そのような個体は絶対にしてはならない事だと思います。親魚に使うエンゼルの体型にはくれぐれもご注意下さい。
エンゼルが置かれた理想と現実
最後に私は常に高品質なエンゼルを作るために努力をしていますが、正直にエンゼルが置かれている現状は理想とは程遠い状況です。どんなに良い形のエンゼルを作っても国産グッピーのようなブランドは存在しない為、輸入にしろ国産にしろ「エンゼルはエンゼル」と言う扱いしかされない、そんな嘆かわしい状況である事は確かです。
私自身、エンゼルの繁殖にプライドを持ってより良いエンゼルを殖やす為に日々の努力をしています。このような行動は「ビジネス」として捉えれば自分でも馬鹿げた事をしていると思います。ですが、品種によって価格が違うと言う事だけではなく「質」に対しての対等な価格設定の出来なるようにならなくては本当に良いエンゼルが一般的に普及する事は無いでしょう。
オオツカ熱帯魚においては常により良いエンゼルを求めて繁殖を行っておりますが、エンゼルが大量に輸入される量に比べれば微々たる量ですし、コスト的にもこのページに掲載した以外にも品種によって異なる色々な品質管理がありますが全てを貫壁にまで実行できるものではありません。
本当に素晴らしいエンゼルに対して、対等な価格がつくような本当の意味での国産ブランドが確立されるかどうかはエンゼルを購入される方の意識次第と言えるはずです。常に安いものが求められる時代では、仕方ない部分はあると思いますが、エンゼルは長く付き合うことの出来る魚ですから価格以外の品質を見て頂けるようなエンゼルファンの方が多くなる事を祈りたいと思います。